我也喜愛日本,但是我不哈日。
學日文的動機,乃在於想要截長補短,希望有一天派上用場、幫助台灣。認識的日本人當中,遇過對台灣抱有些許輕視態度的人,深知那是因為他們基礎打得深、下過許多苦功,故不能完全理解台灣的快速應變或囫圇吞棗;但也有不少對於台灣很有興趣、態度親切的日本人。本人承認,雖然骨子裡仍有些微「反日情節」,但那不影響甚麼,飯還是要吃、路還是要走,所謂知己知彼、百戰百勝嘛。
以下,是本次報告的內容(2007年7月截稿),附上中文翻譯。內容不代表所有日本人都是這樣,也或許與您的觀點有出入,請原諒小妹開宗明義、先聲奪人,這是在下觀察的小小心得,這是「我眼中的日本人」。^^
「私の目に映る日本人」
1.はじめに
2.日本人と一緒に仕事した感想
3.日本での生活からの発見
4.日本/日本人に影響された私
5.おわりに
私は小学生の時から文房具が大好きで、将来文房具屋さんになりたいという願いを持っていた。高校時代に気に入っている文房具について、どうして日本製の物は台湾製の物より人気があるのかなどの問題をずっと考え続けていた。きっと日本は台湾より勝負できる要因を持っている。日本を研究してみて理解すると、将来台湾や個人に役に立てるという考えを持っていたので、大学時代に日本語を専攻し、卒業した後も、六年間日本語と関係がある仕事をし続けていた。私は日本向けのバイヤーや日本人技術顧問(65)などのアシスタントや通訳の仕事をしたことがある。IT産業メーカーの会社で、新しい事業部を作るために、新しい建物(クリーンルーム)を完成した後、生産設備を購入してから順調に量産するまで、毎日日本人の同僚や日本人メーカーさんと一緒に仕事をし、技術の専門知識を習得しながら、日本人の生活面も観察することができた。
2.日本人と一緒に仕事した感想
日本人は几帳面で真面目な態度で、細かい所にもこだわっている。会社が配った名刺の会社マークなどが少し色合いが違うことも許せないという場面も目にし、時間が掛かっても基礎から徹底的に製品不良を解決することや、先端技術に挑戦するまでという拘りがあるからこそ、日本の材料や設備などの品質は世の中に高く評価されているのだと感じた。
生活面でも、日本人が日本人としての誇りを持っていることが分かった。例えば日本製の品物は品質が優れているため、値段は他の国より高いという自信を持っている。日本の伝統文化や四季がある日本に好感や興味を持っている外人も多い。もし人一倍努力を積み重ねていると、優等生になれる自信を持つことができることは理解できるが、私にとっては日本全部のことを受け入れられるわけではない。
ハイテク製品は小型軽量化・薄型化することを第一に優先して開発されている。そこで「世界一」、「日本一」という言葉をよく耳にするようになったが、日本人が優越感を持っていることを全部理解できるわけではない。大学時代に日本語を勉強し始めてから、今までほぼ10年を経て、勉強すればするほと、心の中で「日本」という国への自分なりの解釈が増えるとともに、まだ解明したいことも増えてきた。将来、以前と同様に日本語を生かせる仕事をしたいために、幅広く日本人の考え方を理解したいという知的好奇心が原動力になり、思い切って日本に留学することにした。
3.日本での生活からの発見
日本に留学しに来たのは、2007年4月からの僅か三ヶ月前のことだが、精一杯日本での生活をしたので、まるで二倍の時間が過ぎたようだった。日本人は生活面では、第一に研究精神を持つということが分かった。これは仕事面と一致する。日本人は高いプライドを持ち、高精度で、誤りのないことを限りなく追求しているので、それがハイテク製品(私の気に入っているカメラも含む)や、鉄道の運行が極めて精密なことにも繋がっている。著名な学者や中央官庁等、権威筋は、日本人には既存の正答へ近づくこと、模倣することを極限まで追い求める傾向があると述べている。本屋では、今まで考えたことがない多種多様な専門分野について細かく書いてある本を想像より多く売っていたり、特定の分野について詳しく追究するテレビ特集をよく放送したりする。
第二に、日本人の英語のことである。日本人の英語の発音が上手ではないことよりも、むしろ話すことに対する消極性の方が問題だと考える。多くの日本人は、英語で話すことを躊躇しているように感じる。積極的に英語を話そうとしない日本人の姿勢の方が問題である。第一に述べた正しさなどを重んじる気風で、日本人が英語をしゃべれない理由はこればかりではないと思うが、根本理由は、「間違えるのが怖い。間違えて周囲に笑われるのが嫌だ。」という高いプライドにあるのではないか。周囲の目を気にする日本人は笑われたり、恥をかいたり、体面を失うことを何より恐れると思われる。
他に日本人の英語が上手ではない理由は、日本語は外来語や長い言葉を短縮し、巧妙に自身の内に取り入れる器用さがあるということである。また、カタカナの表記の影響から、英語で話しているときでも、日本人は英単語を日本式に発音しようとしているようである。例えば、「パソコン」は日本人にしか通用しない言葉である。英語そのものを覚えるのが、一番簡単で理解しやすい方法であると思うが、残念ながら私にとって、現実は甘いものではなく、勉強しなければいけない外来語(特にハイテク技術専門用語)は増えている。日本語を勉強している私は大変だが、日本人の方々はどう思っているのだろうか?
第三に、日本人は「皆と同じであることが当然で、安心できる」と考えていることが分かった。人と違っていることは異質に思われ、横並び意識が強く協調性を重んじ、周りの人と同じことをしようとする傾向がある。日本の社会は協調性を重んじ、協調性のない人や空気を読めない人が嫌われて孤立することは多い。そのため、孤立することが恐くて嫌々ながら、「他人の目」を常に意識せざるを得なく周りに合わせている人が多い。一般常識から外れたことをして、笑われたくない。パターンに合わないことをすると、目立って、周囲から注目されると、恥ずかしいと思っているようである。
自分が社会からどう見られているかを過度に気にする。「出る杭は打たれる」(注一)という言葉がこの時に適用できるが、自己主張が苦手ということは逆に「奥床しい」(注二)と言える。これは美点でもあり、欠点でもあると思う。横並び意識が強く協調性のある日本人は、自分から本音は言わず、内心では言いたい事をかなり溜め込んでいるように見えるが、ストレスがたまらないのだろうか。
4.日本/日本人に影響された私
日本語を勉強してるうちに、私は思わず日本に影響され、何となく日本人と同じように考えて行動するようになった。
日本は確かに素晴らしい技術を持っているが、それは日本の鍵ではなく、仕事に対する真面目な態度こそ決定的な鍵だと考える。台湾にいた時に、技術職の日本人顧問と一緒に仕事をしながら、産品設計に関するきちんとした考えを学び、文系出身の私はいい勉強になった。日本人は他の人に説明するために、技術書類の書式を作成する時に図や矢印を使い、資料を分かりやすくする。このような態度が気に入り、私も知らず知らずのうちに、手元のことをきちんと処理するようになっている。
日本人は、欧米人よりも穏やかで優しい性質をもっているように思う。自己主張をすれば、人間関係が気まずくなると考えている。自己主張とは、決してわがままなことでも、反抗的なことでもないと思う。そのため、日本人は依存心が強く、欧米人は自立心が強い傾向があるようだ。私は、欧米の良いところは吸収しつつ、日本の良いところも吸収するべきだと思う。どちらが良い悪いということではなく、国民性に合ったやり方を構築することが大切だと考える。日本のお隣の台湾は、気質的には欧米人に近いのではないか。台湾人はマイペースで人の目をあまり気にしない。日本人はとにかく細かく真面目である。時間にも正確だし約束はきちんと守る。調和を優先して自己の考えを抑制する日本社会や、自己主張を大切にする欧米社会と、どちらがいいのかという問題は、なかなか難しい。
日本には四季の移り変わりがあって変化に富み、美しく厳しい自然に恵まれている。この自然と共存する風土、自然に対する独特の感性が日本文化の根本精神を育んだと思う。遠い昔から何年も受け継がれてきた「しきたり」(注三)が、そのまま今でも同じように残ることができるのは、きっと理由があるからだと考える。お正月、お花見、端午の節句、衣替え、七夕、土用の丑の日、花火大会、お盆、お月見、紅葉狩り、大晦日などの行事は季節を知らせてくれる。また、七五三、成人式、還暦のお祝いをすることによって、これらのことをきっかけにしてを深く考える。お中元、暑中お見舞い、お歳暮などのしきたりを通して、日本人が先祖や身の回りの人に対する人間関係を大切にする気持ちが理解できる。日本のしきたりにうついて勉強しながら、台湾や日本のしきたりの大切な意味を考えている。しきたりを守ると、伝統が薄れていっても寂しくなくなく、暮らしの丁寧さ、生活の品格を感じて、自分の価値観も知らないうちに変わっていくと感じる。
5.おわりに
私の観察として、職場で日本人と台湾人の考え方について、合わないこともあることが分かった。それは成長の環境や異文化に対する理解が不足しているという原因からである。台湾と日本の繋がる橋という通訳を担当しながら、身近な職場や生活に注目し,その裏に潜んでいる見えない「文化的な意味」を探っていきたい。異文化の日本を理解することは、相互理解が深まり関係の促進に大いに役立つに違いなく、文化交流にも貢献すると考えている。そのため、日本に留学することにして、正しい日本語を勉強するだけではなく、幅広い日本人の考え方を理解できたら、お互いを知ることによって、自分の将来に対しても大変貴重な財産になると思う。将来、台湾に帰って仕事をさらに円滑に進められると確信している。
日本へ留学しに来た後、自分の目で、日本の社会や文化の良いところを観察して吸収し、どのようにそれを台湾社会に適用するかという問題を考えている。文化の違いもあって戸惑うこともあるが、できる限り自分を磨こうとしており、自分の考え方も深まり視野も広がり、今は文化の壁を越えて同じ人間が同じように生きているということを感じている。また、日本人だけでなく、世界中から日本語を専攻しに来た多くの国の方々と知り合い、自分の考え方も広くなり、視野も広がっている。新しい経験の連続は精神面も大きくしてくれ、異文化への認識は、何物にも代え難い人生の宝物になると思う。